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体の中の綱引き

13 3月 , 2019,
arome_de_lalcool
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「脚の筋肉とケンカしても、勝ち目はない。」 体について考えるうえで、ある程度 固定化された考えになっている。どんなに体幹を鍛えても、どんなに上半身をバルクアップさせても結局、脚の筋肉には敵わない。骨盤と体幹を介して、上半身と下半身の動きは連動する。「脚の筋肉とケンカしても…」とは、痛みを引き起こす骨格の歪みの習慣や、体の傾向の多くが脚に起因するという意味だ。もっと限定的な言い方をすれば、足のゆがみや脚の緊張がそのまま上半身に反映されるということになる。

ちなみに「脚」と「足」の違いは何だろうか?脚とは主に太ももやふくらはぎを指し、足はくるぶしから下を指す。どちらも合わせた言い方を「下肢」と呼ぶ。今回はその下肢と、それにより影響を受ける上半身の関係について記したいと思う。

 

タイトルにもあるように、体の中では絶えず綱引きが起こっている。骨盤と体幹を経由して、下肢の動きや力が上肢に伝わる。いったい何を引っ張っているのだろうか? その答えは筋膜(fascia)だ。筋肉や内臓を含め、体中に張り巡らされた膜状の結合組織のことを一般的に筋膜という。

以前、私がタイで人体解剖実習をした際の話だが、新鮮なご検体だったので筋肉や骨がみずみずしかった。学生時代にした解剖実習は九州大学で行った。その時はホルマリン漬けのご検体だった。例えるなら、ホルマリン漬けは干物のような状態。そしてタイでの実習は「刺身」のような状態だった。そして筋膜の存在を確認しようと教科書通りの場所にメスを這わせた所、はっきりとは肉眼で確認することができなかった。うっすらと半透明の筋肉の周りに膜がある。鶏のモモ肉なんかでも確認できるあれだ。その膜が筋肉を包み込み、束ねている。解剖実習ではターゲットの筋肉や関節を目視確認するために、手術器具でその場所までかき分けるように進む。そういった目的の前だと筋膜は邪魔な存在だった。しかしこの筋膜がなければ、筋肉はバラバラになり、生きているときに少し力を入れただけで無秩序な動きをするであろうと想像した。(ここで筋膜について書き進めると長くなるので細かい説明は省いて、あくまで私が手に触れ、目で見た感想にとどめる。)

 

その筋膜を一言で表現するなら、「筋肉や内臓をあるべき場所に支持する組織」だ。存在感は薄いけど、無いと絶対に困る組織といえる。では具体的に筋膜がどのような経緯で体の症状となって表れるのだろうか?

一例をあげてみよう。あなたは近頃仕事が忙しいとする。食事も不規則になり、寝る時間もバラバラだ。職場に行けば片づけなければいけないデスクワーク案件が待ち構えている。それに加え、従業員不足が原因で会社全体に余裕がなく、人間関係もぎくしゃくしている。そんな朝、顔を洗っていたら突然ギックリ腰になった…というようなよくあるストーリー。こんな中にも筋膜が関係している。まず、先述したように筋膜は筋肉だけでなく内臓にも関与している。このケースで問題となる内臓のひとつは胃だろう。食事は不規則になり、仕事でのストレスもある。さらにデスクワークによる不良姿勢が続くことで、内臓を絶えず圧迫していることになる。筋膜は内臓の形を保つという機能を持つ。内臓、この場合だと胃が継続的なダメージを受けていたら、筋膜はこれ以上の被害を防ぐために無意識に防御態勢をとる。お腹が痛い時などに前傾姿勢をとる、あの態勢を想像してもらいたい。その姿勢をとってしまうが為に、背中は絶えず伸ばされて筋肉が緊張しっぱなしとなる。するとどうなるか?胃が悪いことが原因で、お腹ではなく逆側の背中に負担がかかり、悪いタイミング(例えば股関節が固くなっているとか)が重なってギックリ腰が起こるのだ。「重たいものを持つなど、腰を酷使しているわけでもないのに…」といって来院される腰痛はこのような機序で起こることがしばしば。

 

逆説として、こういうことも言える。「胃の調子が良くなると、腰痛が緩和する」 体が前かがみにならなければ背中の筋肉も緊張しない。下肢の緊張や内臓の疲れが解消すると、筋膜の綱引きが起こらないので体のねじれが起きにくくなる。飛行機や車の移動などで長時間座っていると一見楽なようだが、だんだんと脚が疲れてきて、背中が固くなってきたことは誰にでもあるだろう。そんな時、立ちあがると楽になるということも勿論経験があるだろう。これは今まで伸びていた筋肉が緩んで、縮んでいた筋肉をストレッチすることができるからである。そんな具合に、胃の調子が良くなってきたら体全体がグ~っと伸びたように感じる。ちょっと体の重心が後ろ(踵側)に傾く感じだ。そうすると背中全体の筋膜も緩むので腰痛も楽になるのだ。デスクワーカーが腰痛にならないためにはまず、こまめに立ち上がって同じ姿勢を取らないことと、体の負担になりそうなことは極力避けることが必要だ。

 

ようはこの胃と腰痛の関係のように、下肢が全身のコンディションに影響を及ぼすことがよくある。下肢の筋肉は前述したように最も強く、体全体の筋肉量の三分の二とも言われている。さらに人体で足裏が唯一地面と接しているため、体は安定力を下肢に頼るしかないのだ。四本足の動物なら、前足・後ろ足で体を支えることができるが、人間は二本足で行動する。余談だが、四本足の生物は肉球や蹄を有している代わりに、人間の足には骨で出来たアーチが3つもある。それで体を支えるわけだが、四足歩行だけど人間以外にもアーチがある生き物がいる。それは象だ。巨大生物と二足歩行の生き物に足のアーチがあるということだ。ちなみにサルに足のアーチはない。足で上手に木につかまるためだ。話が少しそれたが、つまり下肢の役割として挙げられる事は、ずばり運動性と支持性だ。上肢は二足歩行においては運動性のみ有していればいい。モノを掴んだり、こんな風にパソコンのキーボードを打ったりする自由な運動性をもつのが上肢の特徴だ。しかし下肢では無茶な仕事が求められる。体を「安定」させつつ、さらに「動け」というのだ。結論から言わせてもらうと、体の安定化は骨に頼り、動かすのは筋肉の仕事というように分業するとうまくいく。しかしそんなにうまく仕事を振り分けていないから疲れやケガの原因になる。特に難しいのは安定化を骨に頼るということだ。立っている時に、ほとんど筋肉を使わずに立てる事が理想なのだがかなり難しい。立った時にお尻(大殿筋)に自然と力が入り、エクボが出来ていればまっすぐ立てていることになるが、ぜひやってみてほしい。ほとんどの人は出来ないのではないだろうか?私は施術する際に、患者さんが立った時に尻エクボができる姿勢を念頭に考えている。これができればほとんど下肢の筋肉の無駄使いをなくすことができる。

 

「下肢の筋肉の無駄使い」とは一体何なのか?それは本来なら動くためにある筋肉を、姿勢が悪いことが原因で体の支持のために使っている状態だ。男性なら一度は二足歩行のプラモデルを作ったことがあるだろうか?数時間かけて作ったプラモデル… やっとの思いで自分の机の上に立たせる瞬間が楽しみなのだが、なかなかうまく立たない。こうかな?こうかな??と足や胴体や頭を少しずつ動かしながら、なんとか立たせるという経験をしたことはあるだろうか?女性であれば人形かな?なんでもいい。とにかく二足歩行の物体を立たせるあの難しさを思い出してほしいのだ。重力が働く向きに「合わせて」立つことが我々、二本足の生き物に課せられているのだ。そしてあのプラモデルを立たせる際にした微調整を自分自身の筋肉が担ってくれている。しかし人間はプラスチックとは違い、ただ立てばいいだけではない。生きるために動かなければいけない。それもロボットのようではなく、出来るだけ滑らかに動くことが理想的だ。前傾姿勢になって歩いてみると、足を前に前に押し出すようにして歩くことがわかる。これはゴリラみたいに、手を体の前に着いて活動する生物なら、もしくは老年の方が杖をつくような場合なら有効だが、二足歩行では筋肉の無駄使いになる。まず先述した内臓をかばう姿勢と一緒のことで、前傾した姿勢は背中の緊張を生む。若い人に多いのだが骨盤が前傾していると、その代償運動で腰を反らす姿勢をとる。そうすると腰の筋肉も無駄使いしていることとなり、これも腰痛のリスクとなる。どこかが極端に引っ張られる(無駄使いする)と、体はどうにかしようとまた違う箇所を緊張させる。筋膜とは「筋肉や内臓をあるべき場所に支持する組織」であるため、元の場所に戻そうと一生懸命引っ張るのだ。しかしその無駄使いが続けば続くほど、そして下肢の筋肉のように引っ張る力が強いほど筋膜はダメージを重ねていく。そうすると体の支持組織である本来の力を失い始める。それが体のゆがみとなると考えられる。

 

ではいい姿勢とは、どう判断すればいいのか?前述した尻エクボを作りやすくするアドバイスを一つ。立った状態で足元を見た際に、足のつま先だけチラリと見えている状態なら、まっすぐ立てていると考えていいだろう。しかし、上からのぞいた時に足全体が見えているようなら、前傾姿勢になっている証拠なのでおそらくどこかが曲がっている。つまり骨格で立てている状態であれば、上から足を見たらほぼ見えないということだ。そしてその状態であれば、お尻に軽く力が入っていることを感じることができるだろう。全身鏡で横から体を映して確認してほしい。足を体の真下に置くと姿勢が良くなり、前に置くと姿勢が悪くなるのがわかるはずだ。この姿勢がきれいに出来ていると、体の中で筋膜による綱引きが起きにくい。しかし患者さんで多いのが足のアーチに異常がある人だ。先述したようにアーチは三つあるのだが、いわゆる土踏まずのみしか意識していない人が多いのが気になる。これらのアーチを形成するために当院ではテーピング等で足底板のようなサポーターを作る。こうするとさらに立ち姿が美しくなり、体の中での綱引きが起こりにくい。興味のある方はぜひ一度ご来院を。